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石山修武の「ドラキュラの家」を読んで
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1996.7.25 (家づくりの会窓口日誌に記述)
石山修武の「ドラキュラの家」の住居論を読んでいて釈然としない所が在りました。コンビニを例にとり「商業の力は差異を嫌う」均質化された思考の中で「流通は形式の規格化を欲求する」と言っています。
それはそれで良くわかるし納得できるのですが、そんなコンビニであっても埼玉だけでしか売っていない缶コーヒーが話題になったり、栃木だけにしか売っていないコカコーラがコンビニで売られている事が、重要な考えのキーワードになるのではないでしょうか。
その事は、単に地域性を出すとか規格外の物を作ろうとしているのではなく、あらゆる物が規格化され等質化されることを目指したモダニズム以後、それらから脱却する事が事実上不可能となっている現代において、もはやパラダイムを必要としていない少数の人達のアンチテーゼではないかと思えるのです。我々創造者は、その少数者(マイノリティー)によって生かされているような気がしています。相手は常にマイノリティーですが必ず無くなる事の無いマイノリティーだと思います。
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