小林英治建築研究所
建築家のエッセイ
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2001.04.11 (家づくりの会ホームページ掲示板に記述)
昨日は定例会の後、鳥政で飲んでいたが若い人達が来るのが遅くもう来ないのではないかと10時と言う早めなお開きになった。ちょっと中途半端だなーと思いながら帰り、もう何もする気が無くてそのまま寝てしまったのが災いして、1時半に目を覚ましてしまった。始めのうちは映画のビデオを見たりしていたが、それも飽きてしまい、再度眠る事に挑戦してみたがうまく行かずとうとう朝まで起きていた。

再びTVを点けてみると丁度四時半にナレーションの全く無いNHKの番組で「四万十川の風景」を放映していたので、こう言うのが心休まるなーとしばらく見ていた。場面がコンクリートで出来た巾4m位の小さな橋が映し出され、「オーこれは素朴で力強い橋だなー」と構造家のマイヤールの橋のように計算高くは無いが互角に美しく、山田守の聖橋も好きだがそれよりは何故か心を打つと感じながら見ていた。柱脚も橋桁も角が丸くなっており単純な形態だ。そのうちその橋を二、三歳の男の子がよちよち歩きで歩いてゆき、その後を父親がそーっとついて行く。その横を車がスーっと通り過ぎてゆき、ウワーッ車も通れるんだと感心していて見ていたら、なんとその橋には手摺が無い事に気がついた。その橋は柱脚に心持アーチになったスラブがついているだけだった。僕はその時、全てのものが美しく見え無性にその橋の設計者に会って見たくなった。そして「素晴らしい橋を設計されましたね」と言ってやりたくなった。

橋から落ちる事を心配しても、子供の手を引かない父親も、その脇をとおる車も、手摺の無い橋も、全てが信頼の元で成立している事がうれしくて涙が出てきて止まらない。建築もそれで良いのだ、建築もそれで良いのだとつぶやきながら・・・。何故か現代に心を打つ建築が無いのも、案外そんな事が出来ずにいる環境の所為かもしれない。そんな事を思いながら、いつのまにか眠っていた。

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